研究の紹介

これまでに執筆した論文の内容をいくつか簡単に紹介しています。関心を持っていただけた方は、ぜひ本文もご一読いただけるととても嬉しいです。

New 選挙権の価値についての損失回避: 1票のWTA/WTP

New Hiroharu Saito (2022) “Loss Aversion for the Value of Voting Rights: WTA/WTP Ratios for a Ballot,” 69 International Review of Law and Economics 106041. | PDF (eprint) | リンク

選挙権の主観的な価値はいかなるものか。本研究では、選挙権の価値に対する人々の損失回避とその度合いを示す。客観的価値が同じモノでも、利得よりも損失のほうが人々の満足感に大きな影響を与える。その度合い、つまり損失回避「率」を測定するための典型的な方法は、同じモノについて、人々がそれを買うときに支払っても良いと考える最大額(willingness to pay(WTP))と人々がそれを売るときに要求する対価の最小額(willingness to accept(WTA))を比較する方法である。WTA/WTPによっておおまかに損失回避率を推定することができる。本研究では、シナリオ実験の方法により、選挙における1票をめぐるWTAとWTPを測ることを試みた。
 2020年の米国大統領選挙を素材としたシナリオ実験(Study 1及びStudy 2, 米国の人を対象)と日本の架空の首相直接選挙を素材としたシナリオ実験(Study 3, 日本の人を対象)を実施した。選挙における投票権の取引が自由になったと仮定して、1票を売る金額と買う金額を参加者に考えてもらった(いずれも被験者間デザインで、参加者に対するインセンティブの付与はなし)。Study 1からStudy 3までいずれの実験においても、1票の金額をめぐるWTAとWTPの間には大きな較差が観察された。具体的には、WTA/WTPの結果は、5.00から27.36の範囲であった。すなわち、人々は、1票を喪失する場合のほうが1票を獲得する場合よりも、1票の価値を約10倍以上も高く評価する傾向がある。これは、通常の市場財で一般的に示されてきた1.5から2.5程度のWTA/WTPと比べると、かなり大きい損失回避率である。また、先行研究がある非市場財や公共財(例: 狩猟許可、眺望など)と比べても、同程度あるいはそれ以上に高い損失回避率といえる。
 さらに、本研究では、選挙権の希釈化に関する分析も試みた。その結果、保有する選挙権を10%分だけ希釈化させて売る場合の金額(WTA)は、完全な選挙権を買う場合の金額(WTP)よりも依然として高いという結果であった。このような選挙権に対する損失回避の強さは、参政権の拡大に対する歴史的・普遍的な障害を説明する手助けになるかもしれない。

報酬が弁護士行動に与える影響

Hiroharu Saito (2021) “The Impact of Lawyer Fees on Lawyer Partisanship: The Reciprocity Norm May Matter,” 28 International Journal of the Legal Profession 319–334. | PDF (eprint) | リンク

弁護士の報酬は、弁護士の行動に影響するのでしょうか。弁護士行動に対する弁護士報酬の影響については、これまで主に経済的動機の観点から、理論的又は逸話的に多く論じられてきました。しかしながら、このテーマを実証的に解明するのはなかなかハードルが高く、実証研究が乏しいところです。
本研究は、約200人の日本の離婚弁護士を対象に、シナリオ実験を実施したものです。弁護士の依頼者への党派性(忠実性)を測定すべく、一定の倫理的ディレンマが絡む離婚紛争のシナリオを読んでもらい、対応を考えてもらいました。弁護士報酬に関するシナリオ中の文言を操作し、(a)弁護士報酬の記載なし(対照条件)、(b)着手金30万円かつ成功報酬30万円(日本の離婚事件での典型的な弁護士報酬条件)、(c)着手金のみ45 万円で成功報酬なし(一括前払いの弁護士報酬条件)という3つの実験条件を用意しました。弁護士報酬についての記載がある実験条件、すなわち報酬(の存在)について意識する場合のほうが、弁護士の党派性(忠実性)が高くなるという結果でした。興味深いことに、この現象は、着手金と成功報酬を組み合わせた典型的な弁護士報酬条件(b)でのみならず、成功報酬なしの弁護士報酬条件(c)においても観察されました。この結果からは、従来論じられていた経済的動機とは異なる新たな視点として、互恵性(返報性)の規範が弁護士報酬と弁護士行動の関係に影響を及ぼしている可能性があると考えられます。

子ども・青少年と平等原則

Hiroharu Saito (2020) “Equal Protection for Children: Toward the Childist Legal Studies” 50 New Mexico Law Review 235–286 | PDFリンク | 予備リンク

子ども(大人以外をすべて含む概念として用いていますが、主に青少年を念頭においています)と大人の区別の許容性をめぐる判断基準について論じた論文です。米国憲法を素材としたうえで、平等原則に基づいて、子どもと大人の区別についての違憲審査基準を検討しています。具体的には、子どもと大人の区別は、平等原則(米国憲法修正第14条の平等保護条項)の問題として捉えられるのではないかという課題設定をしました。そのうえで、社会科学的知見も参照しつつ、厳しい審査基準(「高度審査」と呼ばれる基準)が適用されるときの伝統的3要件の本質が、子どもという集団についてもあてはまることを論証したものです。すなわち、子ども・青少年に対する年齢差別については、違憲審査基準として厳しい審査基準を採用すべきであるという見解を主張しています。また、同じ年齢差別であっても、高齢者差別と子ども差別には違いがあることなどについても論じています。なお、本論文は純粋に米国法の論文ですが、現在出版準備中の単行本の第三部に、本論文の内容をもとに日本法への示唆を加筆したものを組み込む予定です。日本語版はそちらをお待ちください。

離婚弁護士の特徴と行動

Hiroharu Saito (2018) “Japanese Divorce Lawyers: Their Success After Their Own Divorce,” 20 Asian-Pacific Law & Policy Journal 1–49【東京大学社会科学研究所 SSJデータアーカイブ優秀論文賞(2019年度)受賞】 | PDFリンク | 予備リンク | 日本語の簡易調査報告書(暫定版)

日本の離婚弁護士を対象に、郵送での質問票調査を実施した研究です。全国206名の方にご回答いただきました。また、定性的にデータを補完する目的で、全国19名の方にインタビュー調査も実施しました。この調査により、離婚弁護士の特徴や実務の実態(年収、弁護士報酬の請求方法、調停と訴訟の割合など)について、初めて解明することができました。さらに、これらの実態データを用いて、自分自身の私生活で離婚経験がある弁護士のほうが、離婚経験がない弁護士よりも、より離婚弁護士として成功している(年収が高く、成功報酬請求率が高く、訴訟割合が低いなど)という分析結果も得られました(他の要素を統制した重回帰分析によります)。考えられる理由としては、ご自身で私的経験のある弁護士のほうが、その分野の依頼者への共感や業務意欲が高い傾向にあるのかもしれません。
この論文では、2つの工夫をしました。1つは、サンプリングについて、業務分野別の網羅的な公式データベースがないため、特定の分野の弁護士をどのように抽出するかが弁護士研究の際の課題となっていました。この論文では、国内最大手の弁護士ポータルサイト「弁護士ドットコム」(https://www.bengo4.com)が登録者数を急􏰂に拡大していることに着目し、同データベース上の公開登録情報を活用させていただきました。もう1つは、《自身に離婚経験があるほうがより成功している》というのが、離婚弁護士にのみ見られる特徴的な傾向であることを示すために、社研のSSJデータアーカイブから(離婚弁護士に限らない)弁護士全般のデータセット (弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査)と、他の職業の人々のデータセット(第3回全国家族調査)を借りて、比較分析をしました(データアーカイブの新たな活用方法につながると評価していただき、2019年度「SSJ データアーカイブ優秀論文賞」を受賞しました)。

なお、質問票調査の結果については、日本語でも簡易な暫定報告書を公表済みです。ただし、日本語の報告書は暫定版で、数値は速報値で、分析も簡易にとどまることにご留意ください。学術研究として引用する際には、英語論文のほうをご参照ください。現在、離婚当事者の調査も行っているところです。数年以内に、離婚紛争に関する一連の研究として、成果をまとめることを目標に取り組んでいます。

弁護士倫理の教育効果: 交渉における党派性と真実義務など

齋藤宙治(2018)「交渉に関する米国の弁護士倫理とその教育効果—離婚事件における真実義務と子どもの福祉を題材に」豊田愛祥・太田勝造・林圭介・斎藤輝夫編『和解は未来を創る—草野芳郎先生古稀記念』(信山社)207-236頁【日本法社会学会 学会奨励賞(2018年度論文部門)受賞】
Hiroharu Saito (2017) “Do Professional Ethics Make Negotiators Unethical? An Empirical Study with Scenarios of Divorce Settlement,” 22 Harvard Negotiation Law Review 325–373 | PDFリンク | 予備リンク

米国のロースクール生を対象とした質問票調査の研究成果を報告する論文です。弁護士が依頼者を代理して交渉を行う際には、依頼者のために最善を尽くすことが求められます。他方で、依頼者のためならば何をしてもよいというわけではありません。どの程度であれば「狡猾な手」を使ってもよいのか、第三者の利益を損なってもよいのかなど、倫理的ディレンマがあります。調査の参加学生には、離婚条件の和解交渉(離婚交渉)を担当する代理人弁護士の立場になってもらい、倫理的ディレンマが生じる架空のシナリオを提示し、あなただったらどう対応するかを回答してもらいました(シナリオ実験)。そのうえで、弁護士倫理の未習学生と既習学生とで回答内容にどのような違いがあるかを分析して、弁護士倫理ルールを学ぶことによる倫理観・交渉行動の変化を測定しました。すなわち、ロースクールにおける弁護士倫理の教育効果、ひいては弁護士倫理ルールが代理人の交渉行動に与えている影響の解明を試みた研究です。主な結果としては、弁護士倫理の既習者の方が未習者に比べて、①依頼者の利益を重視する傾向があり、②その反面、(依頼者ではない)子どもの利益を軽視する傾向がありました。
英語論文は、Harvard Negotiation Law Reviewという交渉分野のトップジャーナルに掲載されました。日本語論文は、日本の読者向けに内容を書き改めたもので、学会奨励賞を受賞しました。日本語論文では、交渉に関する米国の弁護士倫理の概要についても丁寧に紹介しています。他方で、もとの英語論文では、より詳細な分析を行っています。なお、これは米国のロースクール生を対象とした調査でしたが、日本のロースクール生を対象に同様の調査を実施した際にも、おおむね同様の傾向が見受けられました(未公表)。